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マーケティング戦略

ターゲットを絞れないときの決め方|優先する顧客と狙わない顧客を選ぶ手順

筆者: 古田 宏典
ターゲットを絞れないときの決め方|優先する顧客と狙わない顧客を選ぶ手順

ターゲットを決める会議で、「製造業にも小売業にも売れる」「中小企業だけでなく大企業からも相談がある」と候補が増え、結局「あらゆる企業」が対象になることがあります。

対象を広く残せば、売上の機会を逃さないように見えます。しかし、限られた営業人員と予算を全顧客へ均等に使えば、誰の課題を優先して商品や提案を整えるのかが決まりません。Webサイトの表現も一般的になり、営業先の選定も担当者ごとに変わります。

ターゲットを絞る目的は、購入可能な顧客をすべて断ることではありません。現在の計画期間で、商品、営業、情報発信、提供体制の資源を優先して使う顧客層を決めることです。

前の記事「マーケティングの競合分析」では、顧客層ごとに、実際の比較相手、選定基準、自社が作れる違いを確認しました。本記事では、その材料を使い、複数の顧客層を同じ基準で比較して、優先する対象、今回は狙わない対象、追加確認する対象へ分ける手順を整理します。

ターゲット選定で決めること

この記事では、ターゲットを次のように定義します。

選んだ市場の中で、現在の計画期間に商品、営業、情報発信、提供体制の資源を優先して配分する顧客層。

第1記事「中小企業のマーケティング戦略の立て方」で扱った市場選択が、どの市場・用途・地域へ事業として資源を投じるかを決める工程であるのに対し、ターゲット選定は、その市場の中で誰を優先するかを決める工程です。

たとえば、法人向け定期保守を成長対象とし、自社の既存対応地域で伸ばすと決めた後で、地域内に複数拠点を持つ企業、多数の設備へ24時間対応を求める企業、単一拠点で緊急対応を求める企業のどこへ営業と提供体制を寄せるかを決めます。

ターゲット選定の後に、少なくとも次の4つが残る状態にします。

  1. 優先する顧客 — 現在の計画期間で資源を集中する顧客層
  2. 狙わない顧客 — 問い合わせがあれば個別判断するが、積極的には獲得しない顧客層
  3. 保留する顧客 — 重要な情報が不足し、確認後に再判定する顧客層
  4. 見直す条件 — いつ、どの事実や数字が変わったら判定を更新するか

「経営者向け」「製造業向け」と書くだけでは、資源配分は決まりません。どの条件を持つ顧客を、なぜ優先するのかまで説明できる必要があります。

1. 先に、絞る範囲と計画期間を決める

ターゲット候補を比較する前に、対象事業、商品、地域、計画期間を揃えます。

法人向け定期保守事業で、来年度に営業、Webサイト、提供体制を優先する顧客層を決める。

会社全体のターゲットを一度に決めようとすると、商品ごとに異なる顧客と購入理由が混ざります。単発修理と定期保守では、顧客が困る場面、比較相手、契約条件が異なります。既存事業と新規事業を同じ表で比較しても、必要な投資と判断期限を揃えられません。

最初に次を明記します。

  • 対象とする事業・商品
  • 対象とする市場・地域
  • 達成したい売上・粗利と期限
  • 配分できる営業人員、予算、提供能力
  • ターゲット選定によって変更するもの
  • 最終判断者と判断期限

ここで事業領域や収益構造を変える必要が出た場合は、マーケティング担当者だけで決めず、事業戦略として事業責任者が判断する範囲へ戻します。

2. 属性ではなく、購入理由が変わる条件で顧客を分ける

業種、会社規模、地域、部署は、対象企業を見つけて営業できるリストにするために必要です。ただし、属性が同じ企業でも、購入理由が同じとは限りません。

たとえば、同じ規模の製造業でも、設備停止の損失が大きい企業と小さい企業、社内に保全人員がいる企業といない企業では、定期保守の必要性が違います。同じ地域内でも、拠点数、設備数、必要な対応時間によって、求められる提供体制は異なります。

顧客層は、次の条件を組み合わせて分けます。

分ける条件 確認すること 設備保守の架空例
問題が起きる状況 いつ、何をきっかけに検討するか 設備停止が続き、生産計画へ影響した
放置した場合の損失 売上、費用、時間、リスクへ何が起きるか 停止による生産遅延と緊急修理費が発生する
現在の解決方法 他社、代替手段、内製、現状維持のどれか 拠点担当者が故障時に個別対応する
選定基準 比較時に何を確認し、何が決定を分けるか 対応時間、予防の根拠、複数拠点管理
意思決定 誰が関与し、何を承認条件にするか 管理部門が比較し、工場長と経営者が決裁する
提供条件 地域、設備、時期、社内担当など何が必要か 地域内の拠点で、設備履歴を共有できる
採算・継続 粗利、提供工数、契約期間に違いがあるか 定期契約で巡回をまとめられ、継続率が高い

中小機構のJ-Net21でも、顧客を属性や地域だけでなく、購入基準、反応、使用頻度といった心理的・行動的特徴から分け、来店・購買動機を見ることが重要だと説明しています(J-Net21「顧客ターゲットを明確化するには、どうすればよいのでしょうか?」)。

属性は、顧客層を識別する条件として使います。ターゲットを選ぶ理由は、課題、購入行動、自社との取引条件まで含めて作ります。

3. 顧客層ごとに確認済みの事実を揃える

候補を分けたら、同じ期間と定義で事実を集めます。

  • 顧客層に該当する企業数
  • 問い合わせ数、商談数、受注数
  • 受注率と受注単価
  • 粗利と継続率
  • 獲得にかかった費用と営業工数
  • 提供に必要な人員と時間
  • 購入理由、失注理由、解約理由
  • 実際に比較された競合・代替手段
  • 自社が評価されたことと、対応できなかった条件

あいち産業振興機構の営業支援マニュアルでも、業種、エリア、企業規模、担当部署を定めた後に、対象企業が実際に何社存在するかを把握し、その数に応じてアプローチ方法を考える流れが示されています(あいち産業振興機構「ターゲット選定」)。

「自社の商品に合いそう」という印象だけでは、優先順位を決められません。対象企業が100社しかいない顧客層と1万社ある顧客層では、必要売上を得る方法が変わります。一方、企業数が多くても接点を作れず、受注後の提供工数も大きいなら、優先する理由にはなりません。

データが少ない場合は、割合だけを比べません。直近の受注、失注、継続、解約を一件ずつ見て、回答者が説明した出来事、案件記録で確認できた事実、社内の解釈を分けます。必要な情報の整理方法は「マーケティング戦略に必要な情報とデータ」、顧客への確認方法は「顧客インタビューの質問例」で扱っています。

4. 成立条件を満たさない顧客層を先に分ける

候補を点数で比較する前に、現在の事業条件では提供できない顧客層を分けます。

  • 対応地域の外にある
  • 必須の技術、認証、設備がない
  • 顧客が求める納期に対応できない
  • 必要な契約形態を提供できない
  • 顧客側に必要な担当者やデータを用意できない
  • 受注しても最低限の粗利が残らない
  • 対応件数が提供能力を超える

成立条件を満たさない顧客層を、需要が大きいという理由だけで優先すると、広告や営業で案件は増えても受注・提供できません。

ただし、現在満たせないことと、将来も対象にしないことは分けます。新しい拠点、人員、提携、商品開発によって対応できる可能性があるなら、「対象外」ではなく「事業投資を判断する候補」として保留します。前提を変える投資は、ターゲット選定ではなく事業戦略の判断です。

5. 残った顧客層を8つの基準で比較する

成立条件を満たす候補を、同じ基準で比較します。

判断軸 確認すること
課題の強さ 顧客はいま費用、人員、時間を使って解決しようとしているか
必要な規模 対象企業数、購入頻度、単価から、必要売上を満たせるか
到達可能性 営業、紹介、検索、既存顧客などで接点を作れるか
自社との適合 顧客の選定基準に対し、自社の実績と能力が意味を持つか
競争 競合・代替手段・現状維持に対して、選ぶ理由を作れるか
採算 獲得費用と提供工数を含めて、必要な粗利が残るか
継続性 継続、追加購入、他拠点展開、紹介を見込めるか
検証可能性 対象企業への聞き取りや小規模な営業で、仮説を確かめられるか

点数を付ける場合は、「高・中・低」だけで終わらせず、根拠と未確認事項を併記します。たとえば受注率が高くても、紹介案件3件だけの結果なら、再現性は未確認です。「市場規模が大きい」場合も、対象企業数、想定単価、必要な受注数へ分けます。

すべての軸が最高の顧客層を探す必要はありません。どの条件を優先するかは、事業目標と制約によって変わります。3か月以内に粗利を増やすなら既存顧客へ到達しやすいことが重要になり、新しい成長市場を作る計画なら検証可能性と将来の規模を重く見ることがあります。

6. 優先、対象外、保留へ分ける

比較後は、候補を並べたままにせず、次の3つへ分けます。

優先する顧客

現在の事業条件で提供でき、課題、到達可能性、自社との適合、採算が確認できる顧客層です。商品、営業先、Webサイト、事例、提供体制を、この顧客層の判断条件に合わせます。

今回は狙わない顧客

購入する可能性はあっても、現在の計画期間では積極的に獲得しない顧客層です。問い合わせを一律に断るという意味ではありません。広告予算、営業リスト、専用商品、コンテンツなどを優先配分しないと決めます。

保留する顧客

結論を変える重要な情報が不足している顧客層です。「可能性がある」と曖昧に残さず、何を、誰が、いつまでに確認するかを決めます。

保留が多すぎる場合は、情報不足ではなく、優先しない判断を避けている可能性があります。追加確認で結論が変わる項目だけを保留理由にします。

設備保守会社のターゲット比較例

以下は、連載で使っている架空の設備保守会社の例です。実在する企業や市場の分析結果ではありません。

顧客層 課題 到達 適合・競争 採算・継続 判定
地域内に複数拠点があり、停止損失が大きい企業 強い。停止と管理工数を減らす必要がある 既存顧客、紹介、地域営業で接点を作れる 地域内の対応網と点検履歴を活かせる 巡回をまとめやすく、定期契約を見込める 優先
地域内に多数の設備があり、24時間対応を求める企業 強い 対象企業へは到達できる 現在の人員では24時間対応ができない 当番体制と追加人員を含めると未確認 保留
地域内の単一拠点で、緊急修理を求める企業 発生時は強い 地域検索から到達できる 迅速対応はできるが、地域業者と競争する 単発で価格比較になりやすい 今回は狙わない
故障頻度が低く、現状維持を選ぶ企業 弱い。定期契約を急いでいない 到達できる 予防保全の価値を示しにくい 営業期間が長く、受注可能性が低い 今回は狙わない

この例では、「製造業」「従業員100人以上」だけで絞っていません。地域、拠点数、設備停止の損失、現在の保全体制、選定基準を組み合わせています。

優先するのは「地域内に複数拠点があり、設備停止の損失が大きい企業」です。24時間対応を求める企業は需要があっても、現在の提供能力では約束を実行できないため、当番体制や追加人員への投資を判断するまで保留します。単一拠点の緊急修理には対応できても、定期保守事業の成長へ資源を集中する今回の計画では積極的に狙いません。

絞りすぎていないかは必要売上から確認する

ターゲットを絞ると、「対象企業が少なくなりすぎるのではないか」という懸念が出ます。感覚で広げず、必要売上から逆算します。

必要な新規顧客数 = ターゲットから得たい売上 ÷ 1社あたりの想定売上

さらに受注率を使って、必要な商談数を確認します。

必要な商談数 = 必要な新規顧客数 ÷ 想定受注率

商談を作る前にも、対象企業への接触があります。接触した企業のうち商談になる割合を使い、必要な接触企業数まで確認します。

必要な接触企業数 = 必要な商談数 ÷ 想定商談獲得率

たとえば年間3,000万円の新規売上が必要で、1社あたり年間300万円なら、必要な新規顧客は10社です。受注率を25%と置くなら必要な商談は40件、接触から商談になる割合を50%と置くなら必要な接触企業は80社です。

対象企業が100社しかなければ、1年でその大半へ接触する必要があります。担当者を特定できない企業や接触できない企業もあるため、100社存在するだけで成立するとは判断できません。80社へ実際に接触する手段と工数がないなら、顧客条件、地域、商品、目標のどれかを見直す必要があります。

反対に、対象企業が1万社あっても、営業2人で接点を作れるのが年間200社なら、実行上の対象は200社です。市場の企業数だけでなく、現在の方法で何社へ到達できるかを確認します。

精密な市場規模を出すことが目的ではありません。必要な売上、単価、受注率、到達可能な企業数の関係から、現在の絞り方で事業が成立するかを確かめます。

「狙わない顧客」を決めても、受注を禁止する必要はない

ターゲットを絞れない理由の一つは、対象外の顧客からの売上をすべて失うように感じることです。しかし、戦略上の優先対象と、個別案件の受注条件は分けられます。

区分 決めること
積極的に狙う 商品、営業、広告、コンテンツ、提供体制を優先して整える
問い合わせがあれば判断する 標準条件で提供でき、採算が合えば受ける
受けない 提供できない、採算条件を満たさない、優先顧客への提供を損なう案件は断る

この区分があれば、「対象外にすると売上を捨てる」という二択になりません。一方、対象外の案件ごとに特別対応を続ければ、実質的には資源が分散します。例外対応のために商品、契約、提供工程を変える場合は、事業責任者が投資と優先順位を判断します。

ターゲット選定で起きやすい5つの誤り

現在売上が大きい顧客だけを選ぶ

売上だけでは、粗利、提供工数、継続率が分かりません。個別対応が多く、利益が残らない顧客層を優先する可能性があります。

理想の顧客像を社内だけで作る

「成長意欲が高い企業」「品質を重視する顧客」のような表現は、対象企業を見つける条件になりません。受注・失注案件と顧客の購入行動から、観察できる条件へ変えます。

業種と会社規模だけで絞る

属性は営業リストには使えますが、課題と購入理由を保証しません。同じ属性の中で、問題が起きる状況、代替手段、選定基準が違う顧客を分けます。

市場規模が大きい顧客層を優先する

需要が大きくても、到達できず、自社の違いを作れず、提供能力もなければ、現在の優先対象には向きません。必要な売上を満たす規模があるかと、自社が獲得・提供できるかを分けます。

全候補を優先順位付きで残す

第1候補から第5候補まで並べても、商品、営業、予算の配分が変わらなければ絞ったことになりません。優先、対象外、保留を分け、対象外には何を配分しないかを明記します。

ターゲット選定シート

会議では、候補ごとに次の項目を一枚へまとめます。

項目 記入すること
選定の範囲 対象事業、商品、市場、地域、計画期間
事業目標と制約 必要売上・粗利、期限、予算、人員、提供能力
顧客層 属性だけでなく、課題、状況、代替手段、選定基準を含む条件
確認済みの事実 対象企業数、受注・失注、粗利、継続、工数、顧客の行動
成立条件 対応地域、技術、納期、契約、採算、提供能力を満たすか
課題の強さ 顧客が現在使っている費用、人員、時間と、放置した損失
必要な規模 対象企業数、単価、必要顧客数、必要商談数、必要接触企業数
到達可能性 接点を作る手段と、計画期間に到達できる企業数
適合・競争 顧客が重視し、自社が競合と異なる形で再現できること
採算・継続 獲得費用、提供工数、粗利、継続、追加購入
検証可能性 仮説を確かめる対象、方法、必要件数、期限
未確認事項 結果によって判定が変わる情報
判定 優先、今回は狙わない、保留
資源配分 商品、営業、予算、コンテンツ、提供体制で何を変えるか
見直し条件 いつ、何が変わったら再判定するか

判定だけでなく、資源配分の変更まで書きます。「優先」と決めても、営業先、Webサイト、商品、提供体制が変わらなければ、実務上は何も選んでいません。

まとめ

マーケティングのターゲットを絞ることは、購入可能な顧客をすべて断ることではありません。現在の計画期間で、限られた資源を優先して配分する顧客層を決めることです。

  • 最初に対象事業、市場、地域、計画期間を揃える
  • 業種や会社規模だけでなく、課題、状況、代替手段、選定基準で顧客を分ける
  • 顧客層ごとに企業数、受注、粗利、継続、工数、購入理由を確認する
  • 現在の事業条件で提供できない顧客層を先に分ける
  • 課題の強さ、規模、到達可能性、適合、競争、採算、継続性、検証可能性で比較する
  • 候補を優先、今回は狙わない、保留へ分ける
  • 必要売上、単価、受注率、到達可能な企業数から、絞りすぎていないか確認する
  • 狙わない顧客には何を配分しないかを決め、見直す条件を残す

ターゲット選定の結論は、詳しい人物像ではありません。誰へ何の資源を優先し、誰には現在使わないかを説明できる状態です。

次の記事: 自社の提供価値の決め方

優先する顧客を決めたら、次はその顧客が比較時に意味を感じ、自社が継続して実現・証明できる価値を決めます。第9記事では、「品質が高い」「対応が丁寧」といった特徴を、顧客が選ぶ理由へ変える手順を整理します。


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