
マーケティング戦略を作る前に「まずデータを集めましょう」と言われても、何を確認すればよいのかは分かりません。アクセス解析、顧客アンケート、市場調査、競合サイト、営業資料。候補を挙げれば、調べるものはいくらでも増えます。
必要なのは、情報を網羅することではありません。狙う市場、優先する顧客、選ばれる理由、資源を配分する場所を決めるための判断材料です。
ここでいう「情報」には、顧客が購入した理由、失注理由、競合の訴求、自社の提供上の制約といった定性的な事実を含みます。「データ」は、売上、粗利、受注率、継続率などの数値を指します。数字だけでも、現場の話だけでも、戦略は決められません。
第1記事「中小企業のマーケティング戦略の立て方」では、戦略を立てる全体の順番を整理しました。第2記事「事業戦略とマーケティング戦略の違い」では、戦略を考える前提と判断者を整理しました。第3記事「マーケティング課題の整理方法」では、売上が生まれる工程のどこに差があるかを特定する方法を整理しました。この記事では、その先の戦略判断に何の情報とデータが必要で、なぜ必要なのかを整理します。
必要性は「何を決めるか」から逆算する
同じ情報でも、意思決定に関係しなければ、いま確認する必要はありません。反対に、一つの情報によって選ぶ市場や顧客が変わるなら、数字の件数が少なくても重要です。
必要な情報とデータは、戦略で決めることに対応させると整理できます。
| 決めること | 主に必要な情報・データ | 必要な理由 |
|---|---|---|
| 何を目標にするか | 売上、粗利、継続、期限、提供能力 | 集客の増加が事業成果につながる条件を決めるため |
| どの市場で戦うか | 需要、成長性、競争、代替手段、自社との適合 | 規模だけでなく、勝ち目と採算がある市場を選ぶため |
| 誰を優先するか | 顧客の課題、購入理由、単価、粗利、継続、対応工数 | 売りやすさだけでなく、利益と提供可能性を含めて選ぶため |
| 何を選ばれる理由にするか | 選定基準、受注・失注理由、競合の価値、自社の実績 | 顧客に意味があり、自社が証明できる違いを決めるため |
| どこへ資源を配分するか | 流入、問い合わせ、商談、受注、費用、社内工数 | 成果を止めている工程へ人員と予算を寄せるため |
この対応がないまま「顧客データを集める」「競合を調べる」と始めると、資料は増えても判断は進みません。
1. 事業の前提を確認する
顧客や競合を見る前に、事業目標、採算条件、計画期間、利用できる資源、提供能力を確認します。これらの決め方は第1記事で扱ったため、ここでは情報の必要性との関係だけを確認します。
事業の前提は、どの情報を、どの精度で確認すべきかを決める基準です。たとえば3か月以内に粗利を増やす計画なら、長期的な市場規模の精密な推計より、既存顧客層ごとの粗利と追加受注できる件数のほうが、現在の判断に強く影響します。
「問い合わせを月20件にする」という目標だけでは、必要な情報を選べません。どの商品で粗利を増やすのか、いつまでに成果が必要か、受注後に何社まで対応できるかが分かって初めて、顧客・競合・自社の何を優先して確認するかを決められます。
2. 顧客について必要な情報とデータ
顧客情報は、誰を優先し、どの課題に対して、何を価値として約束するかを決めるために必要です。
顧客の属性だけでは、狙う理由にならない
業種、会社規模、地域、役職といった属性は、顧客を識別し、到達できる対象にするために必要です。ただし、属性が同じでも、購入理由は同じとは限りません。
たとえば「従業員50〜300人の製造業」という条件だけでは、設備保守を必要とする理由は分かりません。設備停止の損失が大きいのか、保全人員が不足しているのか、監査対応が必要なのかによって、優先すべき顧客も伝える価値も変わります。
必要なのは次の情報です。
- どのような状況で問題を認識するか
- 現在は何を使って解決しているか
- 何を達成したくて購入するか
- 比較時に何を重視し、誰が決定するか
- 購入した理由と、購入しなかった理由は何か
- 導入後に継続した理由と、解約した理由は何か
顧客別の採算データが、優先順位を変える
顧客の課題が強くても、自社にとって優先すべき顧客とは限りません。顧客層ごとに、次の数値も確認します。
- 顧客数と売上
- 受注単価と粗利
- 受注率
- 継続率、購入頻度、解約率
- 獲得にかかる費用
- 営業と提供にかかる工数
売上が大きい顧客層でも、個別対応が多く粗利が残らないことがあります。反対に、現在の売上構成は小さくても、継続率が高く、自社の既存能力で対応できる顧客層は、資源を配分する候補になります。
顧客情報が不足すると、「接点を作りやすい会社」や「声の大きい既存顧客」を市場全体の代表として扱い、自社が言いたい特徴を提供価値にしてしまいます。
3. 市場・競合について必要な情報とデータ
市場と競合の情報は、どこで戦うか、顧客が何と比較するか、自社が違いを作れるかを判断するために必要です。
中小企業庁の2022年版中小企業白書でも、外部環境として市場の規模・成長性、顧客、仕入先、代替製品、新規参入企業などを扱っています(中小企業庁「中小企業経営者の経営力を高める取組」)。競合企業の一覧だけを作っても、市場環境は把握できません。
市場について必要な情報
- 対象となる顧客や需要がどの程度存在するか
- 需要は成長、維持、縮小のどこにあるか
- 地域、用途、顧客層によって需要に差があるか
- 法規制、技術、商習慣など参入条件は何か
- 顧客の予算や購入時期に制約があるか
市場規模は、大きい市場を選ぶためだけの数字ではありません。必要な売上を得られるだけの需要があるか、限られた人員と予算でも到達できる範囲かを判断するために使います。
競合について必要な情報
- どの顧客と課題を対象にしているか
- 何を価値として訴求しているか
- 商品・支援範囲・価格・契約条件はどう違うか
- どの販売経路で顧客へ到達しているか
- 顧客が競合を選ぶ理由と、選ばない理由は何か
- 自社と競合のどちらも選ばない場合、顧客はどうしているか
最後の項目は特に重要です。BtoBでは、同業他社だけでなく、内製、既存システム、手作業、先送りといった代替手段や現状維持も比較対象になります。
競合情報が不足すると、他社サイトに書かれた機能や価格だけを比較し、顧客が「何も変えない」理由を見落とします。また、市場が大きいという理由だけで、強い競合が多く、自社の違いを作れない領域へ参入することがあります。
4. 自社について必要な情報とデータ
自社情報は、何を選ばれる理由にできるか、その約束を継続して実行できるかを判断するために必要です。
2025年版中小企業白書は、自社の経営資源とターゲット市場の両方を分析することが、優れた経営戦略につながる可能性を示しています(中小企業庁「2025年版中小企業白書 第1節 経営戦略」)。市場に需要があっても、自社が価値を提供できなければ戦う市場にはなりません。
実績として確認すること
- どの商品、顧客層、案件で売上と粗利が出ているか
- 受注率と継続率が高い顧客層はどこか
- 顧客から実際に評価された理由は何か
- 失注や解約が多い条件は何か
- 自社の成功を繰り返せている条件は何か
能力と制約として確認すること
- 他社が短期間に再現しにくい技術、データ、顧客基盤、販売網は何か
- 営業、制作、提供、サポートまで含めて再現できることは何か
- 対応件数、地域、納期、品質を制限するものは何か
- 特定の担当者や取引先に依存していないか
- 価値を提供し続けるために追加投資が必要か
「技術力が高い」「丁寧に対応する」という自己評価だけでは、戦略上の強みにはなりません。顧客が違いとして認識し、購入理由になり、自社が繰り返し提供できることを示す情報やデータが必要です。
自社情報が不足すると、実績のない特徴を強みとして掲げたり、営業では約束できても提供部門が再現できない価値を訴求したりします。
5. 顧客・競合・自社を別々に見ない
3つの領域は、個別の確認項目を埋めるためにあるのではありません。一つの戦略判断に、三者の情報を重ねるためにあります。
たとえば、選ばれる理由の候補は次の3つを同時に満たす必要があります。
顧客が重視すること × 競合や代替手段では十分に満たされていないこと × 自社が継続して提供・証明できること
顧客情報だけを見ると、需要はあっても競合と同じ価値を選ぶ可能性があります。競合との違いだけを見ると、顧客が必要としていない特徴を差別化と呼ぶことになります。自社の強みだけを見ると、社内の自己評価を顧客価値と取り違えます。
同じように、市場を選ぶときも、市場規模だけでなく、競争の強さと自社の適合性が必要です。優先顧客を選ぶときも、課題の強さだけでなく、競合との比較、自社の粗利、継続率、対応工数を重ねます。
この段階では、三者を比較して結論を出す必要はありません。まず、決めたいことに対して三者のどの材料が必要か、不足している領域はどこかを確認します。比較して機会や強みを判断する方法は、次の第5記事で扱います。
6. 顧客獲得の工程について必要なデータ
顧客、市場、競合、自社の情報が「誰に何を約束するか」を決める材料なら、顧客獲得工程のデータは、どこへ人員と予算を配分するかを決める材料です。
売上を流入、問い合わせ、商談、受注へ分解する方法は、前の記事「マーケティング課題の整理方法」で扱いました。ここで必要なのは、その数字が存在するかだけでなく、戦略上の選択に合わせて比較できるかを確認することです。
全体の問い合わせ数だけでは、優先する顧客へ届いているか分かりません。顧客層、商品、地域、流入経路など、戦略で選択肢になる単位に分けられる必要があります。また、問い合わせ数と受注数が別々に集計され、同じ顧客をつなげられなければ、どの顧客や経路が売上と粗利につながったかを判断できません。
確認するのは、流入、問い合わせ、商談、受注、単価、継続、獲得費用、社内工数です。ただし、すべてを管理することが目的ではありません。優先顧客ごとの採算を比べる、ボトルネックへ資源を寄せる、続ける施策と止める施策を決めるために必要です。
情報、数値データ、仮説を分ける
必要な項目が揃っていても、事実と推測が混ざっていると判断を誤ります。
| 種類 | 例 | 扱い方 |
|---|---|---|
| 情報 | 失注企業から「導入後の運用担当を置けない」と説明された | 起きた事実として判断材料にする |
| 数値データ | 直近の失注10件中、運用体制を理由とした失注が4件あった | 定義と期間を揃えて傾向を比較する |
| 仮説 | 導入支援を付ければ受注率が上がるはずだ | 確認が必要な仮説として記録する |
会議で繰り返し語られている話でも、顧客や案件で確認されていなければ仮説です。一方、件数が少ない情報でも、いつ、誰が、どの場面で話したかが分かれば、次に確かめる仮説を作る材料になります。
情報と数値データに優劣はありません。数値データは差の大きさや傾向を比較するのに向き、定性的な情報は、その差が生まれた背景や、顧客が使った言葉を理解するのに向きます。購入理由や失注理由をすべて数字に変える必要はありません。重要なのは、確認できた事実と、まだ確かめていない解釈を分けることです。
すべて揃うまで戦略策定を止めない
この記事で挙げた情報とデータが、最初からすべて揃っている会社は多くありません。不足があること自体は問題ではありません。
優先して確認すべきなのは、結果によって戦略上の選択が変わる情報です。
たとえば、次のように考えます。
| 不足している情報・データ | 結果によって変わる判断 | 現時点での扱い |
|---|---|---|
| 顧客層別の粗利 | 優先顧客が逆転する可能性がある | 顧客を決める前に必要 |
| 受注後の対応可能件数 | 集客予算と対象地域が変わる | 投資を決める前に必要 |
| 市場規模の詳細な推計 | 市場規模が現在の概算の半分でも、必要売上を十分に満たす | 概算で進められる |
| 競合企業の社員数 | 分かっても提供価値や販売方法が変わらない | 現時点では不要 |
顧客層別の正確な市場規模が分からなくても、既存顧客の購入理由と粗利が分かれば、暫定的に優先顧客を置けることがあります。反対に、受注後の提供能力が分からなければ、広告予算を決められません。結果次第で投資額が大きく変わるためです。
情報が不足しているときは、次の3つに分けます。
- 決める前に必要 — 結果によって市場、顧客、価値、投資の選択が変わる
- 仮説を置いて進められる — 小さく実行し、結果を見て修正できる
- 現時点では不要 — 分かっても現在の選択が変わらない
情報量ではなく、意思決定への影響で優先順位を決めます。
情報・データ確認表
戦略会議では、情報を顧客・競合・自社の欄へ並べるだけでなく、次の形で記録します。
| 決めること | 必要な情報・データ | 必要な理由 | 不明な場合のリスク | 現在分かっていること |
|---|---|---|---|---|
| 事業目標 | 売上、粗利、期限、提供能力、利用できる予算・人員 | 必要な顧客数と実行できる投資の範囲を決めるため | 集客目標だけが増え、利益や提供体制とつながらない | 売上目標はあるが、必要粗利と対応可能件数は未確認 |
| 戦う市場 | 需要、成長性、競争、代替手段、自社との適合、必要売上 | 勝ち目と採算があり、目標を満たせる市場を選ぶため | 規模だけで市場を選び、自社が違いを作れない | 対象業界は決まっているが、代替手段と需要の差は未確認 |
| 優先する顧客 | 顧客層別の購入理由、粗利、継続率、対応工数 | 課題の強さと自社の採算を両方見るため | 売上は増えても利益が残らない顧客を選ぶ | 顧客層Aは継続率が高いが、対応工数は未確認 |
| 選ばれる理由 | 選定基準、受注・失注理由、競合の訴求、自社の実績 | 顧客に意味があり、証明できる違いを決めるため | 競合と同じ表現や、根拠のない強みを掲げる | 導入支援への評価はあるが、失注案件は未確認 |
| 資源配分 | 流入、問い合わせ率、商談化率、受注率、費用、工数 | ボトルネックへ資源を寄せるため | 問題のない工程へ予算を使う | 問い合わせ数は分かるが、商談化率の定義が不統一 |
空欄をすべて埋めることが目的ではありません。「何が分からないために、どの判断を保留しているか」が見えれば、次に確認すべきことを絞れます。
まとめ
マーケティング戦略に必要なのは、集められる情報とデータを網羅することではありません。戦略上の選択を変える判断材料です。
- 事業の前提は、実現できる目標と選択肢の範囲を決めるために必要
- 顧客情報は、誰を優先し、何を価値として約束するかを決めるために必要
- 市場・競合情報は、どこで戦い、何と比較されるかを判断するために必要
- 自社情報は、選ばれる理由を再現し、約束を実行できるか判断するために必要
- 顧客獲得工程のデータは、人員と予算を配分する場所を決めるために必要
- 情報、数値データ、仮説を分け、不足している項目は意思決定への影響で優先する
次の記事: 3C分析のやり方
必要な情報とデータを確認したら、次は顧客・競合・自社の関係から、どこに機会があり、何を戦略上の強みとして使えるかを判断します。第5記事では、3Cの欄を埋めるだけで終わらせず、三者を比較して意思決定へつなげる方法を整理します。
顧客・競合・自社の情報と数値データを整理し、どの市場と顧客を優先するか決めるところからご相談いただけます。マーケティング戦略・KPI設計では、現状分析、戦略設計、施策ロードマップまで支援しています。初回相談は無料です。お問い合わせはこちら
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