
「マーケティング戦略を作ろう」とすると、3C、SWOT、STP、4Pといったフレームワークを順番に埋める作業になりがちです。分析資料は完成しても、誰を狙うのか、何に予算を使うのかは決まっていない。そのまま広告、SEO、SNSなど、実行しやすい施策から始まります。
マーケティング戦略は、施策の一覧ではありません。どの市場で、どの顧客を狙い、何を選ばれる理由にし、限られた人員と予算をどこへ配分するかを決めることです。
この記事では、中小企業の経営者や、一つの事業を任された中堅企業の責任者を想定し、マーケティング戦略を立てる順番を整理します。専任のマーケティング担当者がいなくても、調査や整理は外部へ依頼できます。ただし、事業上の判断の最終責任は経営者・事業責任者に残ります。
マーケティング戦略で決めること
最初に、戦略と戦術を分けます。
| 階層 | 決めること | 例 |
|---|---|---|
| 事業戦略 | どの事業で、どのように利益を得るか | 法人向けの保守契約を成長事業にする |
| マーケティング戦略 | どの市場・顧客を狙い、何を理由に選ばれるか | 多拠点を持つ中堅企業を優先し、予防保全を選ばれる価値として位置づける |
| 戦術 | 商品、価格、販売経路、情報発信をどう組み合わせるか | 専用プラン、価格体系、営業資料、検索広告を用意する |
| 運用 | 日々何を実行し、どの数字を確認するか | 広告調整、記事制作、商談記録、月次レビュー |
事業戦略とマーケティング戦略の境界や、経営者・事業責任者が持つ判断は、この全体像を確認した次の記事で詳しく整理します。
中小企業基盤整備機構の研修資料でも、マーケティングリサーチとSTPで基本戦略を決め、それを受けて4P・4Cで具体的な戦術へ落とす構造が示されています(中小企業基盤整備機構「第4章 マーケティング」)。
広告媒体、SEOキーワード、SNSの投稿内容から話し始めた場合、すでに戦術へ降りています。その前に、少なくとも次の4つを決める必要があります。
- どこで戦うか — 対象とする市場、地域、用途
- 誰を優先するか — 狙う顧客と、狙わない顧客
- なぜ選ばれるか — 顧客にとっての価値と、それを信じられる根拠
- 何に資源を配分するか — 人員、予算、時間を集中する対象
1. 事業目標と制約を先に確認する
マーケティングだけで目標を決めることはできません。最初に、事業側の条件を確認します。
- どの商品・事業の売上を伸ばすのか
- 新規顧客、既存顧客、単価、継続のどこを伸ばすのか
- いつまでに、売上や粗利をどこまで増やすのか
- 受注後に提供できる件数や地域に上限はないか
- 使える予算と社内工数はどの程度か
- 既存顧客やブランドを損なう条件はないか
たとえば「問い合わせを増やす」は事業目標ではありません。利益率の低い商品への問い合わせが増えても、事業は良くならないことがあります。また、月10件しか対応できないのに100件を集めれば、営業や提供部門が詰まります。
戦略の出発点は、集客目標ではなく事業として何を増やし、どの制約の中で実現するかです。
売上が伸びない原因をまだ特定できていない場合は、この段階で売上を顧客数、単価、継続、商談、受注へ分け、差が出ている場所を確認します。詳しい分解手順は、この連載の第3記事「マーケティング課題の整理方法」で扱います。課題が既存顧客の解約にあるなら、新規集客の戦略だけを作っても解決しません。
2. 市場・顧客・競合・自社の事実を集める
次に、戦略上の選択に必要な事実を集めます。ここで3C分析を使うことはできますが、表を埋めること自体が目的ではありません。
市場と顧客について確認すること
- 顧客はどのような状況で問題を認識するか
- 現在は何を使って問題を解決しているか
- 購入時に何を比較し、誰が決定するか
- 選ばれた理由、選ばれなかった理由は何か
- 顧客層によって単価、粗利、継続率、対応工数に差があるか
- 需要が増えている領域と減っている領域はどこか
顧客について知る方法は、アンケートだけではありません。受注案件、失注案件、問い合わせ、商談記録、営業担当者への聞き取り、既存顧客へのインタビューも使えます。
重要なのは「顧客は品質を重視するはずだ」のような社内の推測と、たとえば「直近の受注顧客10社中7社が導入支援を決め手として挙げた」という確認済みの事実を分けることです。
競合について確認すること
競合は、同じ商品を売る会社だけではありません。
- 同じ顧客を狙う直接競合
- 別の方法で同じ問題を解決する代替手段
- 顧客が自社で対応する内製
- 何も変えないという現状維持
BtoBでは、比較先が他社ではなく「今の運用を続ける」こともあります。他社サイトの機能や価格だけを並べても、顧客が変更しない理由は分かりません。
自社について確認すること
- 利益が出ている商品・顧客層はどこか
- 実際に評価された理由は何か
- 他社が短期間には再現しにくい資産は何か
- 営業、提供、サポートを含めて再現できることは何か
- 受注したいが、提供能力や採算の面で受けられない案件は何か
「技術力が高い」「丁寧に対応する」は、そのままでは強みになりません。顧客が違いを認識し、購入理由になり、自社が継続して再現できる場合に、戦略上の強みになります。
3. 戦う市場を選ぶ
調査した情報を並べたら、最初に「どの市場で戦うか」を決めます。顧客を細かく定義する前に、事業として資源を投じる範囲を選ぶ工程です。
ここで扱う市場選択は、マーケティング部門だけで決めるものではありません。事業戦略で決めた成長対象と採算条件を前提に、顧客と競争について得た事実を使い、経営者・事業責任者と決定します。
- 既存の商品を、現在の市場でさらに伸ばすのか
- 既存の商品を、新しい用途や顧客層へ広げるのか
- 新しい商品を、既存顧客へ提供するのか
- 対応する地域や業界を広げるのか、絞るのか
- 単発売上と継続売上のどちらを優先するのか
市場を選ぶときは、規模の大きさだけで判断しません。
| 判断軸 | 確認すること |
|---|---|
| 需要 | 解決したい課題を持つ顧客が存在し、需要は継続・成長するか |
| 競争 | 競合や代替手段に対して、自社が違いを作れるか |
| 適合 | 自社の実績、技術、販売網、顧客基盤を活かせるか |
| 採算 | 獲得費用と提供費用を含めて、必要な利益が残るか |
| 実行可能性 | 必要な人員、設備、許認可、時間を確保できるか |
市場規模が大きくても、強い競合が多く、自社の違いを作れず、提供体制もないなら、限られた資源を投じる市場には向きません。反対に市場全体は小さくても、自社の既存顧客や技術を活かせ、十分な利益が残るなら、優先する理由になります。
ここで決めるのは「魅力的な市場」ではなく、自社が資源を投じる市場です。選ばなかった市場は、将来も参入しないという意味ではありません。今回の計画期間では優先しない、と明確にします。
4. 狙う顧客と、狙わない顧客を決める
調査した情報をもとに市場を分け、優先する顧客を選びます。STPでいうセグメンテーションとターゲティングにあたる部分です。前の工程が「事業として資源を投じる市場」を選ぶ判断であるのに対し、ここでは選んだ市場の中で優先する顧客を決めます。
市場の分け方は、業種や会社規模だけではありません。
- 解決したい課題
- 購入・利用する場面
- 現在使っている代替手段
- 求める成果や選定基準
- 意思決定の方法
- 対応地域や導入条件
- 採算と継続可能性
たとえば「従業員50〜300人の製造業」だけでは、同じ属性の会社が同じ理由で購入するとは限りません。「複数拠点の設備停止を減らしたいが、社内に保全人員が足りない企業」まで条件を置けば、課題と選定基準が見えます。
ターゲットを決めるときは、市場の大きさだけでなく次を比較します。
| 判断軸 | 確認すること |
|---|---|
| 課題の強さ | 顧客はいま解決する必要があるか |
| 到達可能性 | 営業、紹介、検索などで接点を作れるか |
| 適合性 | 自社の強みが選定理由になるか |
| 採算性 | 獲得・提供コストを含めて利益が残るか |
| 継続性 | 一度きりではなく、継続・紹介・横展開が見込めるか |
そして、狙う顧客と同時に狙わない顧客を決めます。限られた予算で「あらゆる企業」を対象にすると、訴求も商品も営業方法も平均化されます。中小企業の戦略では、何を加えるか以上に、どこへ資源を使わないかが重要です。
5. 顧客が選ぶ理由を決める
次に、選んだ顧客へ何を価値として約束するかを決めます。
提供価値は、会社が言いたい特徴ではなく、顧客が比較時に意味を感じる違いです。次の形にすると整理しやすくなります。
対象顧客が抱える[課題]に対して、[提供する結果]を、[自社ならではの方法・根拠]によって実現する。
仮に設備保守サービスなら、次のように置けます。
複数拠点の設備停止を減らしたいが、社内に保全人員が足りない企業に対して、故障後の緊急対応ではなく、点検履歴に基づく予防保全を提供する。地域内の対応網と設備別の履歴データを根拠にする。
この時点では、広告文を作る必要はありません。決めるのは、誰のどの課題を扱い、どの結果を約束し、なぜ自社を信じられるのかです。
価値を決めても、商品、営業資料、提供体制がその約束と一致していなければ選ばれません。「短納期」を訴求しながら見積もりに2週間かかるなら、広告表現ではなく社内工程を変える必要があります。
6. 資源配分を決める
戦略は、選んだ市場、顧客、提供価値へ経営資源を寄せるところまで決めて初めて機能します。ここでいう資源は広告予算だけではありません。
ただし、市場、商品、提供体制に関する資源配分は、マーケティング部門だけで決めることではありません。事業戦略で決めた成長対象と採算条件を前提に、顧客と競争について得た事実を使い、経営者・事業責任者、営業、開発、提供部門と決めます。マーケティング戦略は事業戦略から独立した計画ではなく、事業上の選択を顧客獲得へつなぐ役割を持ちます。
- どの商品・サービスの開発や改善を優先するか
- どの市場・顧客へ営業人員を配分するか
- 販売網、提携先、提供拠点をどこに整えるか
- 選ばれる理由を実現するため、提供工程のどこへ投資するか
- どの事業、顧客層、案件、活動を優先しないか
- 誰が判断を持ち、いつ配分を見直すか
たとえば「短納期」を選ばれる理由にするなら、広告で短納期を訴求するだけでは足りません。在庫、見積もり、承認、配送など、納期を左右する工程へ資源を配分する必要があります。営業だけが短納期を約束し、提供部門が対応できなければ戦略は成立しません。
中小企業では、人員と予算が限られるからこそ、配分と同時に「今回は何をしないか」を決めます。すべての商品、地域、顧客層を維持したまま、新しい重点領域だけを追加すると、実際には何も重点化されません。
戦略を実行へ移すとき、施策の選択が変わった例
私たちが関わったBtoB SaaSでは、新しい広告やSEOへ予算を広げず、既存のWebサイトから問い合わせにつなげる改善へ資源を配分しました。その結果、広告費を使わず、約5か月で月間問い合わせ数が約8.5件から約20件へ増えました。
ここで重要なのはサイト改善という施策名ではなく、現在の課題を確認し、集客より既存接点の改善を優先したことです。課題を数字から特定した過程は第3記事「マーケティング課題の整理方法」で、詳しい実施内容は広告費ゼロで問い合わせ数を2倍以上にしたサイト改善で紹介します。
7. 戦略を実行計画へ渡す
戦略では、狙う市場、顧客、提供価値、資源配分を決めます。ここから先は実行計画の役割です。
実行計画では、戦略上の選択を、検証する仮説、施策、KPI、担当、予算、期限へ変えます。戦略と実行計画を分けることで、結果が悪かったときも、顧客や提供価値の選択が誤っていたのか、実行方法に問題があったのかを切り分けられます。
この段階で初めて、広告、SEO、展示会、紹介、営業活動、Webサイトなどを比較します。施策は流行や得意不得意ではなく、顧客が選ぶまでに不足している接点や判断材料を補うものとして選びます。
フレームワークは、決めるために使う
3C、STP、4Pは有用ですが、順番に資料を作れば戦略が完成するわけではありません。
| フレームワーク | 主な用途 | 最後に決めること |
|---|---|---|
| 3C | 顧客・競合・自社の事実を整理する | どこに機会があるか |
| SWOT | 内外の条件を分類する | どの組み合わせを優先するか |
| STP | 市場を分け、対象と位置づけを選ぶ | 誰に、何で選ばれるか |
| 4P | 商品・価格・流通・販促を組み合わせる | 価値をどう届けるか |
厚生労働省の事業者向け資料でも、顧客を決める前に事業理念が必要であり、顧客を決めずに4Pを工夫しても売れないという順序が示されています(厚生労働省「顧客は明確になっていますか?」)。
フレームワークの空欄を埋めた後に、狙う顧客、選ばれる理由、やらないことが変わっていなければ、分析は意思決定に使われていません。
1枚のマーケティング戦略サマリー
戦略は、実行する人が参照できる長さにまとめます。最低限、次の項目を1枚にします。
| 項目 | 記入すること |
|---|---|
| 事業目標 | 何を、いつまでに、どこまで増やすか |
| 現在の課題 | 売上が生まれる工程のどこに差があるか |
| 狙う市場 | 資源を投じる市場・用途・地域と、その理由 |
| 狙わない市場 | 今回の計画期間では資源を配分しない範囲 |
| 狙う顧客 | 優先する顧客の条件と、その理由 |
| 狙わない顧客 | 今回は資源を配分しない範囲 |
| 顧客の課題 | 顧客が解決しようとしていること |
| 提供価値 | 提供する結果、違い、信じられる根拠 |
| 競合・代替手段 | 比較される相手と現状維持を選ぶ理由 |
| 勝てる根拠 | 自社が継続して再現でき、他社が模倣しにくい資産・能力 |
| 資源配分 | 優先する商品、市場、顧客、営業・提供体制と、止めること |
この1枚と、各項目の根拠となる調査資料を分けます。戦略サマリーへ分析結果をすべて貼り付ける必要はありません。
まとめ
中小企業のマーケティング戦略は、フレームワークを網羅することではなく、限られた資源の使い道を決めることです。
- 施策を考える前に、事業目標と制約を確認する
- 市場・顧客・競合・自社について、事実と仮説を分ける
- 市場の規模だけでなく、競争、適合、採算、実行可能性を見て戦う市場を選ぶ
- 狙う顧客と同時に、狙わない顧客を決める
- 顧客が選ぶ理由と、それを信じられる根拠を決める
- 商品、営業、販売網、提供体制を含めて経営資源を配分し、止めることも決める
- 戦略を決めた後、施策、KPI、担当、期限のある実行計画へ渡す
専任担当者がいなくても、調査や制作、広告運用などの専門作業は外部へ依頼できます。ただし、どの事業を伸ばし、誰を優先し、何を自社の価値とするかは、経営者・事業責任者が持つ判断です。
次の記事: 事業戦略とマーケティング戦略の違い
ここまでで、マーケティング戦略を立てる全体の順番を確認しました。次は、最初の工程で前提となる事業戦略との境界と、経営者・事業責任者が持つ判断を整理します。
事業目標、市場、顧客、提供価値、資源配分を一枚につなげるところからご相談いただけます。マーケティング戦略・KPI設計では、現状課題の整理から施策ロードマップ、実行体制の設計まで支援しています。初回相談は無料です。お問い合わせはこちら
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