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マーケティング戦略

事業戦略とマーケティング戦略の違い|事業責任者が決める範囲

筆者: 古田 宏典
事業戦略とマーケティング戦略の違い|事業責任者が決める範囲

事業戦略とマーケティング戦略の違いを調べると、「事業戦略は経営者が決める長期計画、マーケティング戦略は担当者が作る短期の集客計画」と説明されることがあります。

この分け方では、実務上の境界が分かりません。どの顧客を狙うか、どの商品を優先するか、価格を変えるかといった判断は、顧客獲得だけでなく、売上、利益、開発、提供体制にも影響するからです。

事業戦略とマーケティング戦略が扱う範囲は、会社や文献によって異なります。本記事では、実務上の決定権を明確にするため、期間や部署名ではなく、すでに決めた事業の前提の中で選ぶのか、その前提自体を変えるのかで分けます。

  • 事業戦略は、どの事業へ資源を投じ、どの収益構造と提供体制で利益を残すかを決める
  • マーケティング戦略は、その前提の中で、どの顧客を優先し、何を理由に選ばれ、購入・継続までどうつなぐかを決める

この記事では、中小企業の経営者と、一つの事業を任された中堅企業の事業責任者を想定し、両者の境界と、社内外へ任せられる範囲を整理します。

事業戦略とマーケティング戦略の違い

項目 事業戦略 マーケティング戦略
中心となる問い どの事業で、どのように利益を得るか 選んだ事業で、誰に何を理由に選ばれるか
主な決定 事業領域、収益モデル、投資、撤退、提供能力 優先顧客、提供価値、商品・価格、販売経路、顧客との接点
前提にするもの 全社方針、財務、人材、技術、設備、法規制 事業目標、採算条件、提供可能な価値、利用できる資源
成果の指標 売上、粗利、営業利益、投資回収 顧客数、商談数、受注率、単価、継続率、獲得費用
最終責任 経営者・事業責任者 事業責任者。設計と実行は担当者と分担できる

たとえば、法人向け設備保守事業を成長対象とし、必要な人員と設備へ投資し、月額契約で利益を得ると決めるのは事業戦略です。その条件の中で、多拠点を持つ企業を優先し、予防保全を選ばれる理由にして、営業とWebサイトで商談へつなぐのはマーケティング戦略です。

事業戦略が上位、マーケティング戦略が下位という関係ではありますが、一度決めて終わる一方通行ではありません。顧客調査や販売結果から「現在の価格では利益が残らない」「顧客が求める条件を現在の体制では提供できない」と分かれば、事業戦略へ戻って前提を見直します。

境界は「影響の有無」ではなく「前提を変えるか」で見る

マーケティング上の判断は、多かれ少なかれ売上や組織へ影響します。そのため、「事業へ影響するなら事業戦略」という分け方では、ほぼすべてが事業戦略になってしまいます。

次の二段階で考えると、判断しやすくなります。

  1. 既存の事業領域、採算条件、提供能力の中で選べるか
    選べるなら、マーケティング責任者・担当者が設計し、決められる
  2. その前提を変えるか、部門をまたぐ資源移動が必要か
    必要なら、マーケティング側が案を設計・提案し、事業責任者が最終判断する

マーケティング担当者から事業戦略の変更を提案することはできます。しかし、提案できることと、その担当者だけで決めてよいことは同じではありません。

境界で迷う5つの判断

1. 顧客を変える

既存の事業領域内で顧客を分け、優先順位を変える案は、マーケティング側で設計できます。

新しい業界や地域へ参入する案も、顧客調査をもとにマーケティング側から提案できます。ただし、専門人材の採用、拠点の開設、許認可、新しい販売網が必要になるなら、事業の前提が変わります。実行するかは、事業責任者が投資と採算を見て最終判断します。

2. 商品を変える

既存の機能や支援内容を組み合わせ、顧客別のプランを作る案は、マーケティング側で設計できます。

新規開発、設備投資、専任チーム、外部企業との提携が必要な案も、商品企画として提案できます。ただし、実行するかは事業責任者が判断します。「売れそうか」だけでなく、開発費、提供費、販売件数を含めて成立するかを確認する必要があるためです。

3. 価格を変える

顧客価値や購入条件に合わせた料金体系は、マーケティング側で設計できます。既存の粗利条件を守る範囲なら、そのまま実行へ進められます。

値下げによって必要販売数が大きく増える、月額制への変更で資金回収が遅れる、既存顧客との契約も変更する、といった案は収益構造を変えます。この場合、マーケティング側だけで価格表を変更せず、事業責任者が採算と資金への影響を確認して最終判断します。

4. 販売経路を変える

事業方針の範囲で、営業、紹介、広告、ECなどの配分を変える案は、マーケティング側で設計できます。

直販から代理店中心へ移行して営業組織を縮小する、販売手数料によって利益構造が変わる、代理店向けの商品や支援体制を新設する場合は、部門と採算への影響が広がります。マーケティング側が移行案を作り、事業責任者が実行を承認します。

5. 顧客へ約束する価値を変える

既に提供できる価値のうち、どれを優先顧客へ伝えるかは、マーケティング側で設計できます。

「短納期」を約束するために在庫、見積もり、承認、配送を変える、「導入後の伴走」を約束するために支援チームを採用するなど、組織の能力を新たに作る案は、事業責任者の承認が必要です。広告で先に約束してから現場へ対応を求める順番では、戦略は成立しません。

まとめると、境界は次のようになります。

判断 マーケティング側で設計・決定できる範囲 事業責任者の最終承認が必要な条件
顧客 既存領域内で優先顧客を選ぶ 新しい業界・地域への参入で投資や体制が変わる
商品 既存能力を組み合わせる 新規開発、設備、採用、提携が必要になる
価格 既存の採算条件内で設計する 粗利、資金回収、収益モデルを変える
販売経路 既存体制内でチャネルを選ぶ 組織、契約、利益配分を変える
提供価値 提供済みの価値から選ぶ 約束のために新しい能力や体制を作る

事業責任者が手放してはいけない判断

調査、分析、資料作成、施策の実行は、社内の担当者や外部支援会社へ任せられます。一方、次の判断は事業責任者が持ちます。

  1. 何を事業目標にするか — 売上だけでなく、粗利、継続、投資回収をどう見るか
  2. どの事業・市場へ資源を配分するか — 何を伸ばし、維持し、やめるか
  3. どの採算条件を守るか — 価格、原価、獲得費用の許容範囲をどう置くか
  4. 何を顧客へ約束するか — 組織として提供し続けられる価値か
  5. どこまで投資するか — 人員、開発、設備、販売網へいくら使うか
  6. いつ見直し、撤退するか — 継続、修正、中止を判断する条件は何か

外部の専門家は、選択肢を作り、必要な情報を集め、収支や実行可能性を比較できます。しかし、どの事業へ会社の資源を投じ、どのリスクを受け入れるかは、外部から代行できる判断ではありません。

担当者と外部支援会社へ任せられること

事業責任者が、すべての調査や実行を担当する必要はありません。

役割 主に担うこと
事業責任者 事業目標、採算条件、投資、撤退の最終判断
マーケティング責任者・担当者 顧客・競合調査、戦略案、商品・価格・販売経路の設計、KPI、実行管理
営業・提供部門 商談と提供現場の事実、実行可能性、顧客の反応を共有
外部支援会社 調査・分析、選択肢の比較、専門施策の設計と実行、進行支援

担当者や外部支援会社へ依頼する前に、事業責任者は少なくとも次を示します。

  • 対象事業と、達成したい売上・粗利
  • 計画期間と、使える予算・人員
  • 受注後に提供できる件数と条件
  • 変えてよいもの、変えられないもの
  • 最終判断者と、判断する期限

これらがない状態で「マーケティング戦略を作ってください」と依頼すると、事業の前提を確認しないまま、広告やWebサイトなどの施策計画が作られやすくなります。

事業戦略からマーケティング戦略へ渡すもの

事業責任者は、分厚い事業計画を作ってから担当者へ渡す必要はありません。最初は次の6項目がつながっていれば、マーケティング戦略の設計を始められます。

項目 確認すること
事業目標 何を、いつまでに、売上・粗利でどこまで伸ばすか
対象事業 どの商品、市場、地域、用途を対象にするか
採算条件 単価、粗利、獲得費用、投資回収の許容範囲
提供能力 対応件数、人員、技術、設備、法規制などの制約
変更可能な範囲 商品、価格、顧客、販売経路のうち何を変えられるか
見直し条件 いつ、どの数字になったら前提へ戻るか

これを受けてマーケティング側が、優先顧客、提供価値、商品・価格、販売経路、顧客獲得の工程、KPIを設計します。この全体の作成手順は、前の記事「中小企業のマーケティング戦略の立て方」で整理しています。

まとめ

事業戦略とマーケティング戦略は、長期と短期、経営と広告という区分では整理できません。

  • 事業戦略は、事業領域、収益構造、投資、提供能力を含む前提を決める
  • マーケティング戦略は、その前提の中で、優先顧客、提供価値、商品・価格、販売経路、顧客獲得の工程を決める
  • 既存の前提内で選べるならマーケティング戦略、前提変更や部門をまたぐ資源移動が必要なら事業戦略として判断する
  • 事業責任者は、目標、採算条件、資源配分、顧客への約束、投資、撤退の最終判断を持つ
  • 調査、分析、設計、実行は、担当者や外部支援会社と分担できる

境界を決める目的は、担当外として仕事を切り離すことではありません。マーケティングで得た顧客の情報を事業の判断へ戻し、必要なときに前提から見直せるようにすることです。

次の記事: マーケティング課題の整理方法

事業の前提と判断者を明確にしたら、次は売上が生まれる工程のどこに問題があるかを特定します。売上を問い合わせ、商談、受注まで分解し、施策を選ぶ前に直す場所を絞ります。

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