リスティング広告代理店の乗り換え|「アカウントは引き継げない」は本当か
「リスティング広告 代理店 乗り換え」で検索すると、手順を解説する記事が並びます。内容はどれもよく似ていて、乗り換えるべきタイミング、メリットとデメリット、引き継ぎのステップ、という構成です。
ただ、これらの記事には共通点がもうひとつあります。書いているのが全員、乗り換え先になりたい広告代理店だということです。上位に出てくる記事はいずれも代理店の自社メディアで、末尾は自社への問い合わせで締められています。
その立場から書くと、どうしても「乗り換えるべきか」ではなく「どう乗り換えるか」に問いがすり替わります。この記事では、媒体各社の公式情報を確認しながら、乗り換えないという選択肢を含めて整理します。
「代理店所有だから作り直し」は必ずしも正しくない
乗り換え記事でもっともよく見るのが、アカウントの所有権に関する記述です。「代理店が所有している場合は、新しい代理店が一からアカウントを構築し直すことになる」といった説明が広く流通しています。
しかし Google 広告の公式ヘルプは、MCC(代理店などの管理アカウント)がオーナー権限を持つ場合について、こう書いています。
データは引き続きクライアント アカウントが所有し、リンクを解除することでデータへのアクセス権を削除できる
同じページには「クライアント アカウントのユーザーには、オーナー権限を譲渡する権限はない」ともあり、代理店側の権限が強いのは事実です。ただしいつでもリンクを解除でき、データそのものはクライアント側に残るという整理になっています。「代理店のものだから消える」という説明とは前提が異なります。
つまり最初に確認すべきは「引き継げますか」ではなく、アカウントの構成がどうなっているかです。
| 構成 | 乗り換え時の扱い |
|---|---|
| 自社名義のアカウントに代理店がアクセス | リンク解除のみ。データは丸ごと残る |
| 代理店MCC配下の自社アカウント | リンク解除可能。データはクライアント側に所有 |
| 代理店名義のアカウントで相乗り運用 | 個別の切り出しが必要。ここが本当に厄介なケース |
問題になるのは3つ目です。契約前にどれに当たるかを確認しておくべき理由は、広告代理店は地元と全国区、どちらを選ぶかの判断軸3でも触れました。
なお、オーナー権限の譲渡そのものは公式手順が用意されていて、引き継ぐ側のメールアドレスを指定して招待し、相手が承認する形で完了します。「アカウントIDを伝えれば引き継げる」という説明を見かけますが、IDはMCCへのリンクに必要な情報であって、それだけでは完了しません。リンクされる側の承認が必ず要ります。
請求先の移行は、前の代理店が動かないと進まない
見落とされがちなのが支払いまわりです。代理店が広告費を立て替えている場合、アカウントの権限とは別に請求先の移行が必要になります。
Google 広告の請求先の変更は、手続きの起点が決まっています。
- リクエストは前任の代理店が開始する必要がある
- 新しい代理店は7日以内に承認または拒否する(期限切れなら最初からやり直し)
- Google 側の審査は48時間以内が目安
- 過去日付を指定すると、未決済の請求書が再請求される可能性がある
つまり関係が悪化している代理店の協力がないと、この手続きは始まりません。乗り換えを切り出す順番を考えるうえで、ここは知っておく価値があります。なおこの機能は公式にベータ版とされているため、実施前に最新の記載を確認してください。
Yahoo!広告は毎月1日にしか移管できない
Yahoo!広告については「CSVでデータを移し替える」という説明を見かけますが、公式にはアクティブアカウント移管という制度があります。
アカウント配下の入稿物や過去の実績、履歴などを含むアカウント情報を、アカウントを解約することなく他の企業へ移管できます
CSVで入稿データを移し替える方法もありますが、それは移管が使えない場合の手段です。まず確認すべきは移管できるかどうかのほうです。
なお移管の対象になる情報とならない情報には公式の定義があります。オーディエンスリストやコンバージョン測定タグの扱いは条件によって異なるため、実施前にYahoo!広告ヘルプの「アカウント移管」の項を直接確認してください。
そしてこの制度には、スケジュールに直結する制約があります。
- 移管日は土日祝を問わず毎月1日のみ。任意の日付は指定できない
- 申請期限は移管日の5日前まで(2023年12月に前々月末から短縮)
- 移管元の承諾・取り下げ期限は移管日の前日23:00まで
- 対象は契約が「サービス中」、または終了から13カ月以内のアカウント
さらに2025年12月の仕様変更で、移管元の支払い方式がクレジットカード後払いの場合は移管を利用できなくなりました。検索連動型ショッピング広告(SSA)も対象外です。
タイミングを外すと最大1ヶ月待つことになります。 期末や繁忙期に合わせたい場合は、逆算して動く必要があります。
実際に失われるもの
多くの記事は「リマーケティングリストが引き継げない」の一点で止まっています。しかしこれは、アカウント自体を移管できるなら失われません。MCC経由でのデータセグメント共有も公式に可能です。失われるのは新規アカウントを作り直す場合に限られます。
その作り直しになった場合、実際に消えるのは次のとおりです。
- コンバージョン計測タグ(再設置が必要。その間の計測が止まる)
- 拡張コンバージョン・オフラインコンバージョンの設定
- 除外キーワードリスト、除外プレースメント
- 入札戦略の学習履歴
- アセット(広告表示オプション)の実績
- Google アナリティクス、Merchant Center との連携
- 請求先プロファイル
- 品質スコアの前提となる配信履歴
最後の項目について補足します。品質スコアは過去90日間のインプレッションを参照して算出され、データが足りないキーワードは「—」と表示されます。新規アカウントではこの履歴がありません。
回復にかかる期間
「乗り換え直後の1ヶ月は成果が落ちる」という説明が定着していますが、公式の記述はもう少し具体的です。
新しい目標に合わせて入札戦略が調整されるまでに、最長で 3 週間または 1〜2 回のコンバージョン サイクルが必要となることがあります
同じページには「以前のキャンペーンからのコンバージョン データを使用すると、(中略)最初の学習期間が短縮される」ともあります。アカウントを移管できるかどうかが、この期間に直接効くということです。データを引き継げれば短縮され、作り直せば最長3週間をゼロから始めることになります。
ただし「3週間」は目安であって、コンバージョン数が少ないアカウントではそもそも学習が完了しません。これが次の話につながります。
乗り換えないほうがよいケース
乗り換え記事の多くは、この観点を扱っていません。次に当てはまる場合、代理店を替えても解決しない可能性が高くなります。
1. 月間コンバージョンが30件に届いていない
スマート自動入札について、Google は次の水準を推奨しています。
掲載結果を正確に評価するには、1 か月以上の長い期間に 30 回以上のコンバージョン(目標広告費用対効果の場合は 50 回以上)を獲得していることが推奨されます
この水準に届いていないなら、運用者の腕以前に入札最適化が回っていません。代理店を替えても同じ壁に当たります。まず必要なのは代理店の変更ではなく、コンバージョン地点の見直しや予算規模の再検討です。予算規模そのものについては月10万円のリスティング広告は代理店に頼むべきかにまとめました。
2. ボトルネックが広告の外にある
クリック単価も表示回数も妥当なのに成果が出ない場合、原因はランディングページ、オファー、商材の競争力にあることが少なくありません。運用者を替えても、この層は変わりません。乗り換え前に、クリック後の数値(LPの直帰率、フォーム到達率、フォーム完了率)を確認してください。
3. 繁忙期やキャンペーンの直前
学習リセットの機会損失が、改善見込みを上回ります。閑散期に動かすほうが損失は小さくなります。
4. 移管のタイミングが合わない
前述のとおり Yahoo!広告は毎月1日のみです。締切に間に合わないなら、無理に配信を止めるより1ヶ月待つほうが合理的な場合があります。
5. 不満の中身がレポートの読みにくさだけ
これは代理店を替えずに解決する可能性があります。次に説明するとおり、開示を求める権利があります。
また、選択肢は「別の代理店に替える」だけではありません。予算規模によっては、初期設計だけを外部に任せて日次の運用を自社に戻すほうが合理的な場合があります。この判断については広告運用の内製化は月いくらから割に合うかで計算しました。
代理店に開示を求められる情報
「実際にいくら広告費が使われているかわからない」「アカウントを見せてもらえない」という状態は、乗り換えを検討する典型的なきっかけです。この場合、Google のサードパーティ ポリシーが根拠になります。
Google 広告サービスのアカウントごとに費用、クリック数、インプレッション数に関するデータをレポートに含める必要があります
Google からの請求額を正確に報告し、サードパーティが請求する料金はこれに一切含めないでください
広告主様から要望があった場合に Google が適切な調査を実施したうえでサポートにあたれるよう、サードパーティは Google 広告 / AdWords Express アカウントのお客様 ID 情報を広告主様に提供する必要があります
別のページでは、広告主には「少なくとも Google 広告で掲載した広告のクリック数、表示回数、費用を知る権利」があると明記されています。
手数料と広告費を分けずに請求する、お客様IDを教えない、という対応はポリシー上認められていません。 乗り換えの前に、まずこれらの開示を求めるという手があります。手数料の内訳の見方はリスティング広告の手数料「20%」は何に対する20%かを参照してください。
契約書で確認する箇所
「違約金の有無を確認しましょう」という記述はよく見ますが、どこを見るかまで書かれていることは稀です。次の条項を順に確認してください。
| 条項 | 見るポイント |
|---|---|
| 契約期間・自動更新 | 最低契約期間と、更新を止める場合の申し出期限 |
| 解約予告期間 | 何ヶ月前の通知が必要か。ここが実質的な拘束期間になる |
| 中途解約・違約金 | 算定方法(残期間分の手数料か、定額か) |
| アカウントの帰属 | 名義と、解約時の移管に協力する義務の有無 |
| 成果物の帰属 | 広告文、LP、クリエイティブの権利がどちらにあるか |
| 秘密保持 | 解約後にデータの提供を求められるか |
前提として、広告運用の委託は準委任契約と解される場合が多く、その場合は民法第651条第1項により「各当事者がいつでもその解除をすることができる」のが原則です(e-Gov法令検索)。契約書の違約金条項は、この原則を修正する特約という位置づけになります。
ただし個別の契約がどう解釈されるか、違約金条項が有効かは法的な判断が必要です。金額が大きい場合は弁護士に相談してください。
まとめ
乗り換えの可否を左右するのは、アカウントを移管できるかどうかの一点です。移管できればリマーケティングリストも学習データも残り、回復期間は短縮されます。作り直しになると、計測タグの再設置から品質スコアの履歴まで、まとめて失われます。
そして「代理店が所有しているから作り直し」は、Google の公式情報とは食い違います。まず構成を確認し、それから引き継ぎの可否を判断してください。
そのうえで、月間コンバージョンが30件に届いていない、ボトルネックが広告の外にある、この2つに当てはまるなら、代理店を替えても結果は変わりません。 乗り換えは手段であって、目的ではありません。
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